今回は、現在のところ最も権威のある死生学の全集ともいえる、東京大学出版会から発刊されている『死生学』の第三巻、『ライフサイクルと死』にも取り上げられている、ルドルフ・シュタイナーの死生学について概観していきたいと思います。

 ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)は、オーストリア帝国(現在のクロアチア)出身の、哲学博士・神秘思想家・教育家で、近代人智学(アントロポゾフィー)の創始者です。

 シュタイナーの人間観に基づき、独自の教育を行う「シュタイナー教育」は、日本でも行われていて、2013年に日本シュタイナー学校協会が設立され、

これに学校法人シュタイナー学園(神奈川県相模原市緑区)や、東京賢治の学校自由ヴァルドルフシューレ(鳥山敏子代表)などの、

全国の学校法人及びフリースクールを含めた全日制7校が加盟しています。

 シュタイナー教育を行う学校は、世界中に900校以上あるといわれています。俳優・モデルの斎藤工さんもシュタイナー教育を行う学校に通っていたとのことです。

 シュタイナーが、その特異な神秘的能力によって洞察し、それを哲学者としての明晰な論理能力によってまとめ上げた死生観を理解する上において、まずは、次のような特殊な専門用語を確認する必要があります。

 最初に『物質体』ですが、これは物質としての肉体です。

 次に、「有機体をひとまとまりに保つ生命の力」である『エーテル体』というものがあり、これが物質体から離れてしまうと物質体は崩壊するとシュタイナーはいいます。

 つまり、エーテル体が、生命機能を担うことになりますが、ただこのエーテル体には意識はないとのことです。

 このエーテル体は、記憶も担うようで、脳をカメラだとすると、エーテル体はフィルムに相当するとのことです。

 次に、感情や欲望といったような面を担う意識を持つ力のことを、『アストラル体』といい、これが、エーテル体にくまなく浸透することにより、エーテル体が覚醒するとのことです。

 なお、植物には、エーテル体はあっても、アストラル体はなく、動物にはアストラル体があるとのことです。

 次に、霊的実体である『自我』というものがあります。

 自我は、物質体・エーテル体・アストラル体に働きかけ、記憶を可能にするといいます。

 アストラル体だけだと、感情や欲望はあるけれども、それをすぐに忘れてしまって持続することはできないとのことです。

  この自我による、記憶を認識する能力によって、時間的連続性を持った自覚が成り立つとのことです。

 エーテル体は、事象を記憶として、フィルムのように記録しますが、

例えば、アニメーションの原画や、学生などが授業中、暇つぶしに書いたりするパラパラマンガなども、それそのものは、1枚の絵がたくさんあるだけで、これを映像とするためには、連続的に流しそして、それを見る主体が必要となります。

  このたとえでいうと、エーテル体は、アニメーションの原画、パラパラマンガの一枚一枚が描かれている紙であり、それを連続させ、映像として見る意識を持つものが、自我といえるかもしれません。

  自我は、過去の記憶と現在を繋げ合わせ、過去から現在の自己の歴史の連続性を想起させ、自分自身の歴史というストーリーを紡ぎだす機能を担っているものと思われます。

 なお、人間は自我を持ちますが動物は、物質体・エーテル体・アストラル体はあっても自我は持たないとシュタイナーはいいます。

 (動物の自我は、後述するアストラル界にあって、物質界にはなく、その種の共通の自我(グループ魂)が、アストラル界にあるとのことです。なお、人間にも民族・宗族等に共通のグループ魂があるとのことです。)

 人間が眠ると、アストラル体・自我が離れ、物質体・エーテル体だけとなるそうで、抜け出たアストラル体は、物質界から解き放たれ、物質界よりも遥かに広大な「アストラル界」にいるとされています。

 物質としての人間は、地球に属しているけれども、アストラル体は、地球以外の宇宙(星の世界:アストラルとはそもそも「星の」「星のような」「星の世界」という意味です。)に属しており、

人間は、睡眠中そこに戻るとのことです。

 この時、アストラル体がエーテル体に働きかけることにより、夢を見るそうです。

 夢見のときのアストラル体は、物質体の感覚器官と結びついていないため、外的環境との正しい関係を持つことができないので、夢のストーリーは現実的でなくなるとのことです。
 
 さて、用語の整理ができたところで、次に、シュタイナーの死生観を見ていきたいと思います。

 人間が死ぬと、物質体から、エーテル体・アストラル体・自我が離れていきます。

 つまり、シュタイナーの死生観からすると、物質体から、エーテル体・アストラル体・自我が離れることを、死というということになります。

 エーテル体・アストラル体・自我だけとなっても、エーテル体はしばらく生き続けます。

 この状態から、エーテル体・アストラル体・自我が再び、物質体に戻る場合があるとのことですが、

一時的にエーテル体・アストラル体・自我が、物質体から離れていた状態のときの記憶が、「臨死体験」だとシュタイナーの死生観では説明されます。

 エーテル体・アストラル体・自我だけになって数日を過ごすといいます。

  その期間は、生きているときに眠らずに起きていられる時間だとのことです。

 なぜなら、この後、エーテル体は分離するのですが、そうすると、アストラル体・自我だけになって前述した睡眠状態と類似した状態となります。

 ですが、長く起きていられる人は、睡眠状態になかなかならないわけで、言い換えるとエーテル体がなかなか離れようとしないということになります。

  そういう癖があるので、長く起きていることができる人は、この状態が長く続くとのことです。

 逆に寝つきがいい人はアストラル体・自我から、エーテル体が離れやすい特質があるので、この状態はすぐに終わるとのことです。

 そしてこの時期、記憶のフィルムといっていいエーテル体に刻み込まれた一生の様子が、夢も含めてビジョン(映像)として現れるとのことです。

 この現象が、死と単なる睡眠との違いとなり、この違いがなければ、夢ではないということに気がつかないとのことです。

 この時期が過ぎると、エーテル体は離れていき、霊的大宇宙の中に溶け込んでいくとのことです。

 その際、自分の一生が大宇宙に広がっていき、その壮厳な光景を眺め、自我は厳粛さを感じ、さらに高次な自我である霊我(波が収まった静かな海のような澄んだ意識がずっと続くような状態とのことです。)を生じさせる兆しになるとのことです。

 次に、自我が、離れていったエーテル体のエッセンス(結実)を受け取り、アストラル体・自我の二重構造になって、アストラル界を進んで行くことになります。

 そしてこのとき、一生の記憶を、その3倍のスピードで見ることとなり、それを現実として体験することになるといいます。

 ただ、時系列が逆になり、死の直後から遡り誕生まで逆戻しで見ていくことになるようです。

 しかも、時系列的に逆になるだけでなく、体験内容も逆になるようで、他人を傷つけた経験などは、自分の痛みとして経験するとのことです。

 ところが、実はこのときはじめてその痛みを体験しているのではなく、生存中から物質界に由来する欲望はすでに自身を傷つけていたわけですが、それに気づかなかっただけで、この逆戻体験時に明確になるとのことです。

 アストラル界は、物質界を裏返したような世界なので、このようなことになるとのことです。

 この逆戻が出生時までに至ると全ての欲望が浄化の火によって焼き尽くされ、アストラル体がエッセンスだけを残し、消失するといいます。

 ここまでの期間を「浄化の期間」といい、個人差はあるようですが、おおよそ生きていた期間の1/3の時間がかかるとのことです。

 なぜ、1/3なのかというと、前述しましたように、アストラル体は睡眠中に、「アストラル界」にいるわけですが、

「浄化の期間」も同様、アストラル体は「アストラル界」にいて、睡眠中と類似した状態にあり、

また人間は人生の1/3を睡眠するわけですが、これらのことが関係して、「浄化の期間」は生きていた期間の1/3の時間がかかるとのことです。

 ここまで来ると、自我だけとなり、自我内から、「霊的(精神的)世界」が現れ、自我がその内部に持っていた純粋な世界を体験するといいます。

 この時、高次の生命霊というものが、霊的世界の模範像として現れるとのことです。

 これと、宇宙に溶け込んだエーテル体により、再度ビジョンとして現れる過去の人生とを比較し、自分の意思も関与し、来世の人間像が作り出されるとのことです。

 過去の人生との比較は、より完全な人間に向かっていくためのものだといいいます。

 このような霊的世界での浄らかな期間はとても長く続くことになります。

 この時期を経過すると、自我は再びアストラル体を求め、またアストラル体はエーテル体を求め、物質体の内部に宿ることとなるとのことです。

 この際、死の際のフラッシュバックとは逆に、これからの人生を一瞬かいま見るのことです。

 そして、前世の記憶を喪失した新しい人生がはじまるとのことです。

 このようなシュタイナーがいうところの、「東洋の知恵にならい、カルマと呼ばれる」運命的法則を伴って、再び肉体に宿ることになるとのことです。

  ただ、その運命的法則は自分で選び取ったものであり、誰かに裁かれたりした結果ではないというところに、シュタイナー思想の特徴があるものと思われます。

 西平直京都大学大学院教育学研究科教授によれば、このようなシュタイナーの死生観を鑑みれば、死後生は、現世に来る前の状態に戻ることであり、恐れるものではなく、

かすかに憶えのある、あの素晴らしい状態に還ることであって、より自然な状態に還ることのように思えてくるとのことです。

 なお、シュタイナーは誕生を、「母親の物質的な殻からの脱皮」といいます。

 ここでいう脱皮とは、物質体が殻から脱皮することを指すわけですが、同様にエーテル体・アストラル体・自我も最初は殻につつまれており、その後7年ごとに、それぞれが脱皮していくとのことです。

 最初の7年は、物質体の成長のために集中するため、エーテル体・アストラル体・自我は殻に包まれたままなのですが、

7歳ごろになると、エーテル体が殻から脱皮し、エーテル体の成長に集中することになります。

 そして、次の7年後、すなわち思春期となった12歳~16歳ごろに、今度は、アストラル体が殻から脱皮し、その成長に集中することとなります。 
 
 それからまた、次の7年後、20歳代に入った頃に、ようやく自我が殻から脱皮し、全ての構成要素が花開き、成人となるとのことです。

 なお、シュタイナー教育は、こういう思想を基礎としてプログラムされているとのことです。

 例えば、思春期前のエーテル体の成長に集中すべきときに、自我の確立を促すようなことをしてしまうと、自我の殻からの脱皮が時期尚早となってしまうため、適切な時期の脱皮を促すよう、教育プログラムを組む必要があるとのことです。

  シュタイナーは、現世のみならず死後生、来世をも見据えた長いスパンでライフサイクルを見る、

近代的な神話ともいえるべき、非常に壮大な思想を展開しています。

 しかし、その思想を現世から離れた死後生や来世だけに焦点を当てるようなことはせずに、

現世でも活かす、現世から活かす、現世を離れたところばかりに焦点を当てるのではなく、

(現世を重視しない志向性は、各種のリスクを生むことになるものと思われます。

特に自我がまだ確立されていないような、あるいは社会において泥にまみれながら一定の地位を確保することに尽力すべき、

児童、10歳代~20歳代等の若い人が、そのような志向性に没頭しすぎると、様々な問題が生じる可能性があるものと思われます。)

現世もおろそかにせず、現世も重視する、現世も大事にするという面にも焦点を当て、

教育・芸術(オイリュトミー等)・医学(アントロポゾフィー医療)・農業(バイオダイナミック農法:ドイツ・スイスなどで普及)等にも取り入れようとし、

シュタイナー教育等が特定分野においては、社会的にも受け入れられているという、稀有な近代的神秘思想家であったといえます。

参考文献)
(『人智学関係 ルードルフ・シュタイナー関係』    平成27年12月3日存在確認)
(『シュタイナーの世界 7 転生』 平成27年12月3日存在確認)
(『アントロポゾフィー医療』 医療法人社団山本記念会 すみれが丘ひだまりクリニック 平成27年12月3日存在確認)
(日本アントロポゾフィー医学のための医師会平成27年12月3日存在確認 )
(アントロポゾフィー看護を学ぶ看護職の会 平成27年12月3日存在確認 )
(『シュタイナー教育Q&A』 学校法人シュタイナー学園)
『シュタイナー入門』 西平直著 講談社現代新書 1999年
『死生学3 ライフサイクルと死』 武川正吾・西平直 編 東京大学出版会 2008年

行政書士・マンション管理士・1級建設業経理事務士 佐々木 賢 一

(商工会議所認定 ビジネス法務エグゼクティブ(R)・日心連心理学検定(R)特1級認定者(第16号)・日商簿記検定1級認定者・FP)

大阪府行政書士会所属(会員番号4055)・大阪府行政書士会枚方支部所属

Blog:http://sasakihoumukaikei.blog.jp/(大阪・寝屋川:佐々木行政書士・マンション管理士事務所ブログ)
 
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