これまでは、「臨床死生学(Clinical Thanatology)」と呼ばれる分野の内容をみてきましたが、ここからはサナトロジーのもう一つの柱である、「死生観論」に関する内容をみていきたいと思います。

 なお、死後生の存在を含む、死生観などは、現在の科学によって確認しようがないものだと思われます。

 ですので、死生観などについては、そもそも現在の科学で実証できるものでもなく、またその必要もなく、自分なりに納得でき、そして安らぎを得られる死生観の物語を、個々人が紡ぎだしていくものではないかと思いますし、それではよいのではないかと思います。

 そこで、「死生観論」の本題に入る前に、まず、「現在の科学では、実証できないこともある。」ということについて確認しておきたいと思います。

 かなりのボリュームになりますので、数回に分けてみていきたいと思います。

 最先端科学といえば、量子力学だと思います。

 量子力学とは、「ある時間に、どこで物質が、観測される可能性があるか?」を、

シュレーディンガー方程式(Hψ=Eψ;Hはハミルトニアン演算子、ψは波動関数(固有関数)、Eはエネルギー固有値)

などにより、確率的に述べるものです。

 量子力学によれば、光や電子は、観測されるまでは、確率的な「波」であり、観測されると「粒子」となるという奇妙な不思議さがあるということです(このような振る舞いをするものを「量子」といい、またこのような解釈をコペンハーゲン解釈といいます。)。

 コペンハーゲン解釈では、量子の観測を行った瞬間に「波束の収縮」が起こり、測定値は、確率的にある値に定まる、つまり、観測を行った瞬間、決定的に系に作用すると考えます。

 このように、量子力学によれば物質世界は、本質的に確率の世界である、正確に予測できない、観測される現象は、偶然に選ばれるとするのですが、我々の存在も含めた物質世界は、正確に予測できない、全て確率でしかわからない(アインシュタインはこの量子力学の結論を批判し、「神はサイコロを振らない。」といったわけですが・・。)といえるものだと思われます。

 予測できない世界ということは、結局のところは、この世界の奥の院は人智では、わかりえないものということがいえるものと思います。

 ところで、量子力学の理論には、他にも量子のもつれという以下のようなものもあります。

 量子もつれとは「2つの粒子が何の媒介もなしに同期して振る舞う」さまをいいます。

 何の媒介もなしに、同期して振舞うわけですから、非局所性があるということになります。

 電子などの素粒子は、自転のような動きをするのですがこれをスピンといいます。

(正確にはスピンは量子力学的な量であって、コマの回転のようなものとは違うのですが、本質的には、人間の直感的想像を超えるものなので、それではわかりにくいということで、自転のような動きとイメージするわけです。)

 いま、2つの電子があって、そのスピン合計が常に0になるとします。

 ということは一方がプラスなら一方はマイナスになるということです。

 しかし、どちらがどのようなスピンになるのかは、観測するまではわかりません。
 
 そして、この2つの電子を同時に反対方向に発射し、10,000光年離したとします。

 そして、一方の電子のスピンがプラスだと観測されれば、もう一方は観測するまでもなくマイナスと決定されます。

 このことに対して、アインシュタインは、「それは超光速で情報が伝わるということだから相対性理論に反する。観測されるから決まるのではなくて、我々の知らない法則により最初から決まっているだけだ。」と主張し(EPRパラドックス)、反論したわけです。

 しかし、後にアラン・アスペの実験などによって、電子のスピンは観測されるまで決まっていないということが明らかにされ、実在は非局所的であるということが証明されたわけです。

 このようなテレポーション的なことは、ミクロの世界だけではなく、マクロの世界でも可能になるのではないか、人間のテレポートも可能になるのではないか?という内容の記事が以下です。

(ミチオ・カク教授「数十年後には人間のテレポートも可能になる」)

 ニューヨーク市立大学の理論物理学者、ミチオ・カク教授によれば、少なくとも22世紀には、人間の量子テレポーションが可能となり、宇宙の果てであろうが、どこであろうが人間はテレポートできるようになるだろうということです。

(「量子論」を楽しむ本: ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! 佐藤勝彦東京大学名誉教授著)

(上記より以下引用)

「量子論を突き詰めて考えれば、誰も月を見ていない場合、月はある一ヶ所にはいないことになります。誰かが見たときだけ、月の居場所は確定するのです。私達の常識から見れば、量子論が述べる物質観・世界観はあまりに不可解ですが、アスペの実験によると、どうやらそれが真実らしいのです。」

(引用終わり)

参考:ウィキペディア 佐藤勝彦 

 このように、量子論的に考えると、誰も月を見ていない場合、月はどこにいるのか行方不明状態で、モヤモヤとした波の状態になっています。

 夜、私達が月を見ると、「そこにある月」として現れるというわけです。

 量子論によると、客観的事実の存在は否定され、自然の状態は観測によって初めて決まるもので、観測しない限りは全ては決まらない、確定している事実は何一つないとのことです。

 常識では、到底受け入れがたいことだと思いますが、上記によれば、これが真実らしいということです。

(恋愛は量子論で解決 現代アーティスト スプツニ子!さん)

(上記より以下引用)

「数学と情報工学を専攻したバリバリのリケジョでもある。同世代の女性から圧倒的な支持を集めるスプツニ子!さんに、リケジョの魅力や生き方について聞いた。(中略)私は量子論を私生活にも応用している。恋愛など私生活で良くないことが起きると、「観測されないものは存在しない」と思い込めるので傷つかない。」

(引用終わり)

「観測しない限りは全ては決まらない、確定している事実は何一つない」ということを腑に落とせれば、傷つかなかったり、解決できる問題もあるようです。(^^;


(「量子論」を楽しむ本: ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! 佐藤勝彦東京大学名誉教授著)

(上記より以下引用)

「私たちが見ていないときは、波のようなふるまいをして、私たちが見た途端に粒として発見されるのです。」

(引用終わり)

 こちらのほうがわかりやすいかもしれません。

 あらゆるモノは、人が見ていないときは、様々な場所に、広がって存在する、波のようなふるまいをし(想像しにくい状態ですが・・。)、人が見た途端に一ヶ所に存在する粒(モノ、物理的存在)になるということです。

 これを、「波動関数の収束」あるいは「波動関数の収縮」、「波束の収束」などといいます。

(武内修@筑波大:量子力学Ⅰ/波動関数の解釈)
 
(上記より以下引用)

「空間的に広がりを持つ電子が観測により1点に見出される様子は「波動関数の収束」と呼ばれる。

 現在の量子力学は、なぜ観測により波動関数が収束を起こすのか、 とか、観測しないときに電子はどの位置にあるのか、といった問いには答えない。

「観測によって検証できない内容」は物理の範疇ではないというスタンスである。

そのかわり、「観測により確かめられる内容」については量子力学は完璧な予想を与える。 (対応するシュレーディンガー方程式が数学的に解ける範囲にある限り)」

(引用終わり)

上記のように、科学者は、

「なぜ、人が観測すると、あらゆる場所に広がるモヤモヤとした波のようなよくわからないものが、一ヶ所に「モノ」として現れるのか?」

というような哲学的なことは、観測によって検証できない内容なので、一切考えないというスタンスを取るということです。

 考えても答えは見つかりそうもないことですし、この世界はそういうものだということで、それよりも、「量子力学は完璧な予想を与える。 」というところに着目し、

研究を進めたり、この理論の実用化を図ったりしているということです。

(その実用化の最たるものが、PCやスマホ、インターネットなどのIT技術だと思います。次世代「量子コンピュータ」などは名前からして量子論的です。)

 つまり、観測によって検証できない内容は、科学の範疇ではないという限界が現在の科学にはあり、必ずしも万能ではない、現在の科学によって全てが解き明かされるわけではないということだと思います。


行政書士・マンション管理士・1級建設業経理事務士 佐々木 賢 一

(商工会議所認定 ビジネス法務エグゼクティブ(R)・日心連心理学検定(R)特1級認定者(第16号)・日商簿記検定1級認定者・FP)

大阪府行政書士会所属(会員番号4055)・大阪府行政書士会枚方支部所属

Blog:http://sasakihoumukaikei.blog.jp/(大阪・寝屋川:佐々木行政書士・マンション管理士事務所ブログ)
 
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